5.約束された聖地・複合文具




 複合文具というのは、難しく言えば「複数の文具を合成してひとつにまとめた文具」である。簡単に言うと「ふくすうのぶんぐをごうせいしてひとつにまとめたぶんぐ」である。ひらがなで書くだけで簡単に見えるという、ちょっと高等な文字のマジックを使ってみた。「ふくすうノぶんぐヲごうせいシテヒトツニマトメタぶんぐ」とカタカナまじりで書くとメカによる発言に見えるのも文字のマジックである。
 まぁ、複合文具などといったところで要はそういうモノである。以前にさんざん語った例の【消しゴムつき鉛筆】も複合文具だし、「右に回すとボールペン、左に回すとシャープペンシル」でお馴染みの【シャーボ】もそうだ。印鑑を文具と解釈するなら「名前を贈ろう」の【ネームペン】なんてのもある。乱暴な話だが、とにかくなんでもかんでも手当たり次第に文具同士をくっつければ複合文具の出来上がりである。コレなんか手当たり次第の典型であろう。もう、当たるを幸いくっつけた、みたいな感じである。さすが子供向け商品だけに勢いがあって、個人的にはかなり好ましい。
 当サイトにおいては、『文具合成種』として展示されているものが複合文具である。この種をひとわたり御覧頂ければ、複合文具というのがおおよそどんな感じなのか理解いただけるだろう。ちなみに、トップページの奇妙な鉛筆画像(一応『バカ鉛筆』という名前がある)も、色物文具の馬鹿馬鹿しさを複合文具の形で表現してみたものである。

 私は、複合文具が好きだ。愛していると言っても過言ではない。元より“便利な道具好き”が少しシフトして文具寄りになっただけの人間なので、文具も、より便利に/より携帯しやすい、のが好きなのだ。
 複合文具という発想の根元、「いくつか同時に使うモノはバラバラにせずひとつにまとめてしまえば良い」という考え方は、人類という、本質的にモノグサで物忘れが激しく怠惰な生き物がするに相応しいナイス発想だ。複数の文具(道具)をひとつにまとめておけば、いざ必要な時に一度に取り出せて便利だし、どれかを紛失して慌てることもない。なによりバラで持つより嵩張らず携帯も楽だ。ビバ・ラ・複合文具。もう勝ったも同然、人類の英知ここに極まれり…と言いたい。あああ、複合文具好きとしてそう言い切れたらどれだけ素晴らしいか。
 複合文具は便利なのか? もちろん便利だ。便利さを目指して作られたモノが便利でなくてどうする。便利であるべきだ。便利じゃなきゃヤだ。便利じゃなきゃ泣いちゃう。…泣け。泣いてしまえ。断言するが、複合文具は便利なだけではないのである。だけでない、と断言できる論拠が手元に大量にあるのだから、もうキッパリと断言してしまう。

 では、こう問うてみよう。
『人はなぜ複合文具を作るのか?』
 で、私の答えは簡単で『便利だから(と思われるから)』。なんとも単純且つ明快な答えであるが、実はここに大きな問題も内包している。このカッコ内の(と思われるから)がクセものだ。

 文具メーカーの企画側、すなわち文具を作る人間は、もちろん日々便利な商品を我々ユーザーに提供しようと努力しておられる筈だ。その努力無しに新たな商品なんて生まれないのだが、そうそう簡単に“まったく新しい文具”なんてモノを思いつくことも出来ない。開発費もあろう。製造コストもあろう。当然、収益分岐なんてのもある。人的・金銭的に新商品へのハードルは高く且つ多い。そこで、悩み疲れた開発の方々はふと考えてしまうわけだ。
「むむ、このAという文具にBという文具の機能をつけると便利じゃないのか?」
 …はいはい、そこでストップストッープ! ちょっと冷静になってクダサーイ。冷静になってもう一度よく自分の頭の中で組上がったモノを検討していただきたい。

例えば、カッターとハサミを同時に必要とする場面って、一般の人にはあまりないです。どちらかひとつあれば解決しますから。これ、便利ですか?

ポストイットとペン。これは同時に使うものだし合成されていると嬉しい。でも、ケースが無駄に大きすぎて、別々に所持するより遙かに重くて嵩張ります。これ、本当に便利ですか?

例えば、カッターとノコギリとメジャーとドライバーがひとつになってたら、確かに木工の時とか便利かも知れません。でも、闇雲に合成したせいで重心が崩れてカッターがまともに使えなくなってます。これ、本当の本当に便利ですか?

 どれもこれも、本当に便利だからって作ったものですか? ちょっと疲れて汁っぽくなった頭で“便利と思った”だけじゃないですか? …あ、いやいや責めてる訳じゃなくて。わたしハ、あなたノ、味方。フレンド。オーライ? 少し厳しい口調になってしまったが、実際のところ複合文具が生まれる瞬間ってこういうもんじゃないかと思われる。

 素人発明家が「まったく新しい文具を」と考えたモノはまず九割方が既成の文具機能を寄せ集めた安易な複合文具だ、という証言がある。前述したように、「とにかく手当たり次第にくっつけたら出来上がる」からだ。そんな安易な合成案が毎年ツクダ煮にするほど出てくる。売るほど出る。いや実際は売れず製品化もされないのだが、ともかく大量に出る。これだけ出る中で、本当に使える便利な複合文具なんていったいいくつあるのだろうか。それこそ確率にすればコンマ数%の世界だろう。
 このカテゴリーはもはやフロンティアなど存在しない、掘り尽くされた鉱脈なのではないか、と言う人もいる。「音楽は既に作り尽くされた」とする音階有限説よりは確実に底の浅い、便利な文具合成有限説だ。それが事実なら、今更なにをどう考えたって、本当に便利な複合文具なんて出来ないのかもしれない。開発さんの汁っぽいアイデアも仕方ないのかもしれない。
 しかし。しかし、である。掘り尽くされた鉱脈だからと言って、その分野を安易に廃棄してしまって良い訳はない。そこにまだ何か残っている希望はゼロではないのだから。そう。現に私は、その希望の文具合成案(しかもまだ誰も発表していない)をひとつ持っているのである。いや本当に便利で笑えるの。マジでマジで。ま、これに関してはどこかメーカーさんからの良いお話を待つとして、とにかくゼロではない。誰も考えつかなかった、信じられないような発想の転換による逆転勝利はまだ可能なのである。
 他人が「あそこからは何も出ないよバカだな」と笑う中で伝説を信じて掘り続け、ついにトロイ遺跡を発掘したシュリーマンの例もある。なにより、本当に便利な複合文具を作れば確実に売れる。それは偉大な先達が示すとおりだ。成功すれば会社も貴方も潤い、よしんば汁っぽいアイデアで失敗しても、私は喜んでそれに飛びつこう。出来如何によっちゃ3つぐらいはまとめ買いするかもしれない。どちらに転んでも誰かがイイ思いをみるのだから、損はあるまい。今時無いぞ、成功しても失敗してもOKなんて状況は。

 複合文具は掘り尽くされた鉱脈なんかではなく、誰もが幸せになれる約束された聖地なのだ。できれば汁っぽい方の聖地が私には好ましいのだが。